呉善花(オ・ソンファ)の書籍を徹底紹介します。

私はいかにして「日本信徒」となったか |呉 善花

私はいかにして「日本信徒」となったか
呉 善花
PHP研究所
売り上げランキング: 14708
おすすめ度の平均: 4.5
5 日本と韓国
5 大変勉強になりました
3 韓国人の典型部分も持つ著者


【私の評価】★★★☆☆

■著者紹介・・・呉 善花(お そんふぁ)

 1956年生まれ。韓国女子軍隊経験を持つ。
 1883年に来日、大東文化大学英語学専攻。
 東京外国語大学大学院修士課程修了。
 現在、拓殖大学日本文化研究所客員教授。

●私は、仕事の関係で、カザフスタン人、
 韓国人、台湾人、ロシア人と仕事をすることがあります。

 海外の人と仕事をするならば、
 やはりその文化について事前に学ぶ必要があるでしょう。

 ・日本では「親しき仲にも礼儀あり」を重んじるが、
  韓国では逆に「親しき仲には礼儀なし」を重んじる。(p46)


●この本を読むと、韓国から日本に留学した呉 善花さんが、
 最初は日本の良さに気づき、
 そして日本人の冷たさに傷つき、
 そしてより両国の文化の違いを学んだ経緯がわかります。

 そうした誤解や悩みは、やはり文化の違う国であれば、
 しかたがないことではありますが、
 文化の違いを消化するためには時間が必要なようです。

 ・韓国で聞かされていた日本のイメージが好転するのが一年目。
  日本とぶつかり合うのがニ、三年目。
  日本のよさも悪さも、韓国のよさも悪さも、客観的に見えてくるのが
  五年目。(p76)


●たとえば、韓国では、仲良くなると女性同士で手をつなぐ
 ことがあるようですが、日本では普通ではありません。
 (カザフスタンでも腕を組んでいるのをよく見ます!)

 そうしたちょっとした文化の差が、
 相互理解を妨げるのです。

 ・私はずっと不安な気持ちを抱えていた。
  たとえば、韓国では仲のよい友人とは腕を組んだり
  手をつないだりして歩くことが多いものだが、
  私がそうしようとすると、スッと逃げられてしまう。(p44)


●韓国人と仕事をしようという人には、
 両国の文化の差を学ぶのに最適の本だと思います。

 今後も日本と韓国の相互理解が進むことを祈念して、
 ★3つとしました。


■この本で私が共感したところは次のとおりです。


 ・日帝時代を頑迷に反省しない日本人-それは許さないという
  反日意識を強くもっていた私は、どこへ行っても優しく親切な
  日本人、どこへ行っても整然としてきれいな日本の街並みに触れて、
  何か肩透かしをくわされた感じがした。(p16)


 ・韓国では、物をつくる人、物を売る人を一段下に見て蔑視する
  風潮がある。また、つくる人や売る人のほうにも、いい加減な
  ものを平気でつくったり売ったりする傾向が強い。(p36)


 ・一般的な韓国知識人にとっての日本に対する姿勢は、本当は
  反日というよりは、優劣の問題なのである。ようするに
  自民族優位主義(エスノセントリズム)が韓国知識人の支柱
  なのである。(p169)

▼引用は、この本からです。
私はいかにして「日本信徒」となったか」呉 善花、PHP研究所(2003/6)¥520
【私の評価】★★★☆☆

【呉善花(オ・ソンファ)の経歴】
1956年韓国済州島(チェジュとう)生まれ。

韓国の大邱大学を卒業。大学時代に、4年間の軍隊経験。

その後、日本に留学。大東文化大学(英語学)卒業。

日韓のビジネスマンとの通訳・翻訳のアルバイトをしながら、東京外国語大学大学院修士課程(北米地域研究)修了。

在学中に発表した韓国人ホステスに関するルポルタージュ『スカートの風』が話題を集め、注目された。韓国人による韓国社会批判の先駆となった。

現在、拓殖大学国際開発学部教授。




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